淡路国一宮 伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)

伊弉諾神宮は兵庫県淡路市多賀に鎮座する神社です。

日本最古の神社の1つと考えられ2016年には日本遺産にも認定されています。祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと:以下 ”伊弉諾”)、伊弉冉尊(いざなみのみこと:以下 ”伊弉冉”)の二柱で、どちらも国産み・神産み(リンク)の日本神話に登場する神です。古事記、日本書紀ともに言及されている由緒正しく歴史も深い神社です。なお、”神宮” という名前がついている神社は全国に25社しかありません。

当社は神々、そして日本のはじまりの地であり、また当社が伊弉諾の幽宮(家&お墓)であることからはその終わりの地でもあります。神道における聖地の1つであり、実際に訪問してみてもそれにふさわしい雰囲気のある神社でした。

目次

基礎情報

創始不明(神代の昔のため)
社格延喜式式内社(名神大社)
旧社格官幣大社
神社本庁別表神社
建築様式三間社流造
祭神伊弉諾尊・伊弉冉尊
祭事御粥占祭、除虫祭、湯立神事、三大神話神楽祭他
ご利益国家鎮守、豊作、延命長寿、夫婦円満、縁結び
神社情報住所〒656-1521 兵庫県淡路市多賀740
地図https://goo.gl/maps/HgKectzeE1tseWL96
電話番号0799-80-5001
参拝料無料(御朱印は300円)
駐車場あり(無料)
公式HPhttps://izanagi-jingu.jp/

歴史

社伝によると、神代の昔に国産み・神産みなど神としての功績を果たした伊弉諾が、御子である天照大神に国家統合の権限を与えたあとで、最初に生み出した淡路の多賀の地に幽宮(かくりのみや=終焉の住居)を構えて余生を過ごした神の邸宅こそが今の伊弉諾神宮とされています。そして終焉を迎えてからは神陵(神のお墓にあたるもの)として祀られたと言われています。

伊弉諾神宮について触れられる文献には次のようなものがあります。

  • 古事記(712年)→「故其伊邪那岐大神者坐淡路之多賀也」(伊弉諾が淡路の多賀に安住する)
  • 日本書紀(720年)→「伊弉諾尊神功既畢而霊運當遷是以構幽宮於淡路之洲寂然長隠者也」(神としての大業を終えたと考えられた伊弉諾が幽宮を淡路に建てて静かに永くお休みになった)
  • 日本三代実録(806年) →「伊佐奈岐命」の神階が無品勲八等から、一品勲八等(一品の極位)に昇格した記録
  • 「延喜式」神名帳(927年) → 淡路国津名郡に「淡路伊佐奈伎神社 名神大」と記載(名神大社に列している)
  • 神祇官諸社年貢注文(1165年) →「淡路国一宮<炭五十籠木五十束>」の記述(この時期から一宮とされて崇拝されていたことが分かる)

これをみると、少なくとも平安時代末期より淡路国一宮して古くからこの地域で一宮として崇められてきたことがわかります。

幽宮とは簡単に神様の邸宅(そしてその後の神陵=お墓)と言及しましたが、もう少し深堀りしてみましょう。上記の日本書紀には「神としての大業を終えたと考えられた伊弉諾が幽宮を淡路に建てて静かに永くお休みになった」という記載がありました。つまり幽宮とは神様が表に現れてくることなく、末永くお住まいになられる場所(人間で言えばお墓)を指します。この点で一般的な神社は神様の御神霊(魂のみ)をお祀りしていることが多く、そこに神がいるのではなく神威を借りている形なのに対して、伊弉諾神宮は神の存在する地を、究極的には神を直接お祀りしている観点からも特別な神社であると考えられます。

明治以降の流れとしては主に以下のようにまとめることができます。

  • 明治4年 (1871年) → 国幣中社
  • 明治18年 (1885年) → 官幣大社に昇格
  • 昭和7年 (1932年) → 伊弉冉の祭神の合祀認定
  • 第二次大戦後 → 神社本庁が包括する別表神社に
  • 昭和29年 (1954年) → 伊弉諾神宮に改称
おれおちゃん

神宮を名乗ることができる全国でも25社しかなく、神宮号を持つ一宮は8社しかない。伊勢神宮や明治神宮、鹿島神宮などと同格であり非常に格式の高い神社なのだ。ガオ

神話にちなんでるとしても、なぜ日本の起源が淡路島なのでしょうか?実際に日本書紀には、「大八州國(日本の本州のこと)の島々は淡路を胞(えな)として生まれた」という記述があります。胞とは、胎児を包む膜や胎盤など、母体と子のつながりを象徴しており、国産みがまさに出産の比喩であることにちなんでいると考えるのが自然です。

淡路島を上から見ると、細長い地形になっていることが分かります。

Google Map

昔の人はこの細長い地形を胞と捉えて、この島を通して母体となる神様とつながっている(そしてここから子である日本がうまれていった)と考えていたのではないでしょうか。

祭神

祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと=男性)と伊弉冉尊(いざなみのみこと=女性)の二柱で、どちらも国産み・神産み(リンク)の日本神話に登場する神です。日本の国土と神々、祖先を生み出して日本を形作った神々であり、日本神話においてはじめて人間の形をした神として登場します。元々は伊弉諾のみ祀られていましたが、1930年 (昭和5年) に本殿を開くと神話のままに伊弉冉も合祀されていたことから、1932年に正式に二柱が祭祀されるようになったようです。
※神聖な本殿を開けることはめったにない

詳細の説明は国産みに譲りますが、以下にざっとおさらいしておきましょう。神話においてもっとも重要なストーリーです。

この二柱は高天原(たかまがはら=神々の住む天上の地)から降りてきて、日本の国土や神様を産み出します。最初につくった地が淤能碁呂島(おのごろじま)でありこれが淡路島を指しているとされます。淤能碁呂島に八尋殿(やひろどの)という拠点を建てて、天御柱(あめのみはしら)を回って正式な夫婦の契りを交わした二柱が、次々に今の日本国土をなす島々、自然界を象徴する神々を誕生させます。そして最後に火の神である迦具土(かぐづち)が産まれた際に伊弉冉は大やけどを負って命を落とします。

伊弉冉は伊弉諾に対して黄泉の国(死の世界)に来ないようにと伝えます。しかし、妻に会いたい一心の伊弉諾は伊弉冉を連れ戻すために黄泉の国に行き、そこで死んで腐敗した伊弉冉の姿を見てしまいます。約束を破った夫に対して伊弉冉は怒り狂い、黄泉醜女(よみのしこめ)たちに逃げる伊弉諾を追わせます。これが穢(けがれ)の起源とされるものです。伊弉諾は穢を祓うために海水で禊(みそぎ)をしますが、このとき左目からは天照大神(あまてらすおおみかみ)、右目からは月読尊(つくよみのみこと)、鼻からは素戔嗚命(すさのおのみこと)の三貴神とよばれる特に優れた神々が産まれました。そして伊弉諾は天照大神に国家統治の大権を譲ることになります。その後、伊弉諾は最初に生まれた淡路島の多賀(たが)という地に戻って幽宮を構えて余生を過ごしたと伝承され、これが現在の伊弉諾神宮というわけです。

すけみ

実は伊弉諾の鎮座する地は他に、滋賀県(近江)の多賀神社が鎮座地と主張しています。歴史を振り返れば、多賀大社の方の根拠は、古事記の真福寺写本にある「故其伊耶那岐大神者坐淡海之多賀也。(いざなぎのおおかみは あふみのたがに ましますなり)」という記載にあります。

ゆりこ

真福寺写本以外の多くでは、「故其伊耶那岐大神者坐淡路之多賀也。」となってて、日本書紀でも一貫して淡路と記載されているなどの理由からも、淡海ではなく淡路を支持する節が通説、学説ともに有力らしいよ。

すけみ

加えて、多賀大社の祭神は南北朝時代までは伊弉諾ではなく、延喜式においても小社とされており(当社は名神大社(幽宮))、官幣大社に列せられたのは大正時代(当社は明治初期)であることからも、淡路の正統性は高いと考えられる。

おれおちゃん

そもそも、太古の昔はコピー機などなかったため複製するときはすべて手書き、その過程で間違ったという考えが現実的な気がする。でもOLELOGの目的は白黒つけることではなく、神社仏閣の価値は相対的なものだという仮説に基づくので、今後多賀大社ももちろん取り上げていく所存。ガオ

社殿・宝物

まず伊弉諾尊のある淡路島に入るには、兵庫県明石から明石海峡大橋を通るか、徳島県側から大鳴門橋を通るかの2ルートのみです。東京から向かった管理人一行は明石海峡大橋経由で淡路に入りました。

天候にも恵まれ、またなんと言っても明石海峡大橋は素晴らしい景観と迫力のある橋で、旅そのものがとても楽しめました。

淡路島に入って神戸淡路鳴門自動車道という高速道路を30分ほど進んで津名一宮ICで降りると、すぐに灯籠が並ぶ「くにうみライン」と呼ばれる県道に出ます。ここを3キロほど走ると多賀交差点に差し掛かり、伊弉諾神宮の一の鳥居(大鳥居)が見えてきます。

1995年の阪神・淡路大震災で倒壊したこともあり同年11月に再建された比較的新しい鳥居です。この大鳥居は約8mの大きさで、花崗岩で出来た神明型鳥居としては日本最大規模のようです。

ここから、二の鳥居、神橋(以下記載の放生の神池にかかる橋)、手水鉢、表神門(正門)まで一直線に並ぶ構造の神社であり、表神門の先に拝殿、その奥には本社があります。

一の鳥居の50mほど先にあるのが二の鳥居です。

以下当社の注目ポイントを参拝者が目にするであろう順にご紹介していきます。

陽の道しるべ

二の鳥居をくぐって左脇にあるモニュメントで、伊弉諾神宮を中心とする日本地図が太陽の動きとともに表現されています。

当社と奈良の飛鳥藤原京、伊勢神宮(内宮)が同緯度上にあり、その他各方向に日本を代表する神々が鎮座する様子が記載されています。太古の昔から脈々と生き続けている神の島としての淡路島、そして伊弉諾神宮の価値が記載されている重要なスポットです。

具体的には、伊弉諾神社は伊勢神宮と同緯度に位置しており、同社を中心として夏至の日の出は長野県の諏訪大社、夏至の日没は出雲大社、春分と秋分の日の出(東)は伊勢神宮、日没(西)は対馬の海神神社、冬至の日の出は和歌山の熊野那智大社、冬至の日没は宮崎県の高千穂神社の方向からそれぞれ太陽が移動してくる(=伊弉諾神宮を中心として動いている)ということが示されています。偶然なのか人為的なのか断定は出来ませんが、淡路島が神の島としての神威性を感じる一例だと思います。

なお、この碑には伊弉諾神宮は “日之少宮(ひのわかみや)” と記載されており、これは伊弉諾の子であり太陽神の天照大神(伊勢神宮)が象徴する朝日と対比して当社が(日の少ない)夕日を象徴することを示しているとされています。

放生の神池(ほうじょうのみいけ)

幽宮跡である神陵は昔は禁足地であり、人が足を踏み入れないように、それを取り囲むように濠がめぐらされていたのですが、その遺構とされているのがこの放生の神池です。

放生池とも呼ばれ、昔は放生神事(鳥や魚を放して生命の永続を祈る神事)が行われていたようです。実際に魚や亀などたくさん住んでいました。この神池と合わせて、本殿裏のさらに奥にある御社池(ごしゃのいけ)が神陵地を囲んでいた濠の名残とされています。

なお神社正門(表神門)の手前にあり、この池にかかっている橋は神橋と呼ばれています。

神池のほとりには香木伝来の記念碑があります。日本書紀に、淡路島に日本ではじめて沈水香(沈香とも呼ばれる)という香木が漂着して、それを推古天皇に献上したという記録があり、日本における香りの創始となるイベントとされています。淡路島は知られざる線香生産で日本一というポジショニングもこの経緯に由来していると考えられます。

手水鉢

神橋の左手にある手水鉢は、普通の神社では手水舎(てみずや)と呼ばれる手を洗って清めるところに該当します。

豊臣秀吉による大阪城築城のときに海に沈んだ巨石を、氏子が海中から引き上げて鉢の形にして奉納したものと言われ、その名前の由来となっています。

巨石を削って出来た鉢はそれ自体が亀の形に見え、水も長寿を象徴する亀の口から出る形になっています。

表神門

1883年 (明治16年) に随神門を現在の様式に改めたものです。とても立派できれいに整備されていました。

拝殿

重厚な銅板葺入母屋造の拝殿です。一般的には別の建物として建てられることの多い舞殿を兼ねる構造となっています。

拝殿
拝殿側面

本殿

拝殿の先にあり、三間社流造向拝付と呼ばれる建築様式の本殿です。

幣殿(拝殿と本殿の間にある建物)と檜皮葺(ひわだふき)の屋根を通じてつながって1つの屋根に見えます。

社伝によると明治初期に官幣大社に列せられたことから官費で大造営が行われ、1876年 (明治9年)年に本殿が竣工されたとのこと。

本殿は元々御陵の前方にあったようで、当時は御陵を中心に神域の周囲が霧で覆われていたと伝えられています。その後、それまでは禁足の地であった神陵の墳丘が整地されて、1879年 (明治12年) にその真上に新しい本殿が移築されました。伊弉諾のお墓の上に本殿が築かれたということです。本殿の下に、神陵に使われた数十個の聖なる石が格納されていることからそこが幽宮であったという事実の証拠となっているようです。

なお、神聖な本殿にはもちろん入れないので、本殿左横からこのような回廊の下を通って本殿裏に行くと参拝所があります。国生みの父である伊弉諾が終焉の地に選んだ場所を感じることができる貴重な場所なので忘れずに参拝しましょう。

当社に限らず本殿の裏に回れる神社は数多くあり、必ず本殿裏に回ってお祈りをするようにしましょう。多くの場合、装飾も派手で大きな拝殿を本体と思ってしまいそこで参拝を終える方が多いようですが、そこで満足せず本殿裏の参拝を忘れないようにしてください。

おれおちゃん

裏まで行ってお祈りしてなんぼの神社なり。ガオ

本殿裏に回るときに通った回廊もとても美しい形状をしていました。

頭髪感謝碑

なかなか珍しいモニュメントですが、”髪” はその読み方から、”神”や”上”に通ずるものとされ、日本では昔から頭髪に魂が宿ると考えられていたようです。

そしてその頭髪への感謝を捧げる場所としてこの碑が建立されたとのこと。あのリーブ21が、全国の毛髪に関連する事業に携わる人々の毛髪への感謝をする場として奉賛しています。

夫婦の大楠(めおとのおおくす)

樹高30m、幹の周囲が8.5mほどもあり、樹齢約900年と推定されている兵庫県指定天然記念物夫婦の大楠で、元々2株だったものがつながって1株として成長した珍しい木です。

その2つを御祭神の夫婦神に見立てて神霊が宿る御神木として、夫婦円満、安産子授、縁結びなどのご利益があると言われ信仰されています。江戸時代の地誌(=ローカルペーパー)にも「連理の楠」として記されていたようです。後ろには岩楠神社という神社が鎮座しており、祭神の間に最初に生まれた子にあたる神が祀られています。子どもに恵まれない者がこの神に祈願して大楠に触れれば懐妊すると伝えられています。

伊勢皇大神宮遥拝所

陽の道しるべで記載したとおり伊勢神宮内宮(=伊勢皇大神宮)と同緯度でありまさに日本の中心・創始としての伊弉諾神宮から伊勢神宮内宮へ向かってお祈りできる遥拝所です。

祭事

年間80回もの神事が執り行われているます。1月15日の粥占神事や季節ごとに行われる湯立神事など、古代からの神事も継承されています。

御粥占祭(おかいうらまつり)

伊弉諾神宮の神事のうち、特に重要な特殊神事だとされる。1月15日に淡路全域をあげて行われる大きな行事のようです。神職が前の日 (1/14) の夕方から当社に籠もり、斎戒沐浴(さいかいもくよく:斎戒は飲食を断って心身を清めること、沐浴は髪や体を水で洗って清めること)して、丑の刻(午前2時)、寅の刻(午前4時)、卯の刻(午前6時)と3度、桃の木で出来た薪に火をつけて竹筒にいれたお粥を炊き上げます。そして辰の刻(午前8時)に行われるのが本祭ということで、そこでお粥の入った竹筒を本殿に奉ることで神の思し召しに従って流れ出てくるお粥の形状によって、この年の稲作の出来を占うものです。

ちなみにこの祭事にて御幣(ひらひらのやつ)が配られ、それを苗代(田植え前に稲を育てる場所)の水口(水が入ってくるところ)に立てて、稲作の成就を願うという風習があるようです。

湯立神事(湯立神楽祭)

拝殿と拝殿前のスペースで立春、立夏、立秋、立冬の年4回行われる神事で、古代において神明裁判(神が裁く裁判)として熱湯に手を入れることでやけどするかどうかで判決を下した「探湯(くがたち)」に由来しています。

湯立神事

現在では白装束の巫女が笹の枝葉を探湯瓮(くかへ)という釜で沸く熱湯にひたして、それを四方八方に振り散らすことで邪気を祓う神事です。。季節の立つ日(季節の変わり目)に湯を浴びると体が清められて健康になると考えられている。

三大神話神楽祭

日本神話の伝承地である兵庫県の淡路島(国生み神話=伊弉諾と伊弉冉による国生みの話)、島根県の出雲(国譲り神話=スサノオの八岐大蛇の話)、宮崎県の高千穂の神楽(日向神話=天孫降臨を伝える)が競演するイベントです。

出典:伊弉諾神宮公式HP *2021年開催分

舞殿を兼ねている拝殿にて執り行われる大イベントのようです。

夜間特別参拝ライトアップと創生国生み夜神楽

従来の意味での神事ではありませんが、古来からの神事である神楽と、ライトアップという現代的な考え方を融合させたイベントが毎月22日の夜19時〜20時半まで開催されます。拝殿や正門、大鳥居、夫婦大楠などをライトで照らして参道にも300個のローソクが灯されます。幻想的な雰囲気の中をお香で清めて語り部(コンシェルジュ)の案内で拝殿の特別正式参拝、そして国生み神楽を鑑賞できます。参拝祈願料は3,800円です。
※詳細URL

ちなみに。昼間にもコンシェルジュ付きの参拝だけ(午後の時間のみいつでも。だが10日前までに要予約)のプランもあり、こちらは2,500円(リンク)

おれおちゃん

格式高い伝統的な神社でありながら、こうしたイベントを行っているがゆえに地元の人をはじめ様々な人々に愛され、崇拝され続けるのだと感じた。夜行性の僕にはぴったりだ。ガオ

御利益

祭神の神話でのストーリーに基づいて、国家鎮守、豊作、延命長寿、夫婦円満、縁結びなどにご利益があると考えられています。

日本ではじめて夫婦の契を交わした夫婦であることから、夫婦円満や縁結びの効果は特に有名で、その夫婦神を祀っていることから縁結びの神として神前結婚式を挙げるカップルも多いようです。

御朱印

御朱印は表神門をくぐって左側にある御朱印受付所でもらえます。御朱印は300円で、菊の御紋と幽宮と淡路国一宮の押印が入っています。

御朱印ではありませんが、桃の実が伊弉諾神宮では重要視されていることから幽宮神桃という土の鈴を購入することもできます。

古事記の国産みのストーリーの中で、穢の象徴としての黄泉醜女を黄泉の国で伊弉諾が追い払う際に使ったのが桃であることにちなんでいて、幽宮神桃に限らず桃の形の絵馬や各種お守りなど、桃にちなんだお守りをいただくことができます。

周辺情報

ホテルニューアワジ

淡路島への旅でぜひおすすめしたい宿がこのホテルニューアワジです。ホテルニューアワジグループとしてこの施設内に趣向の異なる複数のホテルが点在しています。本館であるホテルニューアワジ(ファミリーにおすすめ)やそのヴィラタイプのヴィラ楽園に加え、よりラグジュアリーな天原(あまはら)夢泉景(ゆめせんけい)があります。ちなみに、管理人が各地を回った中でも一番満足できたといえる宿の1つです。安くはないですが(時期やホテルにより変動:18,000円〜 50,000円/人くらい)、それでも得られる満足感を考えるとコスパ高いです。

海側の釣り桟橋からみたホテル全体
特徴①:潮騒と絶景

このホテルは全席オーシャンビューとなっており、どの角度で切り取ってもこのような絶景が広がっています。

部屋の中から眺めると窓が写真のフレームのようになってフォトジェニックな景色が楽しめます。

こちらは夜明け(朝焼け)の写真です。温泉から日の出を楽しむこともできるなどとても見どころ満載でした。

特徴②:景色と泉質抜群の温泉

このお宿の屋上には夢風泉(ゆめふうせん)という貸し切り露天風呂と足湯のあるエリアがあります。見渡す限り海という絶景を楽しむことができます。またウッドデッキやフェンスで作られているためお子さんがいても安心して楽しむことができます。

出典:公式HP

このように昼間もとてもきれいなのですが、夜もとてもきれいでおすすめです。

ホテルニューアワジの大浴場である棚田の湯くにうみの湯はもちろん素晴らしいのですが、夢泉景(ニューアワジの別館)側の天空の雫というお風呂はぜひ入っていただきたいです。温泉からの視点が海と一体化するいわゆるインフィニティ風呂やすぐ真下が海というほぼ海に入ってる感覚の味わえるお風呂などがあります。

展望露天風呂(インフィニティバスを楽しめる)

出典:公式HP

露天風呂(夕景)

出典:公式HP

ほぼ海と同目線になる野天風呂に近いお風呂もあります。右側がうるおいの湯、左の赤湯が古茂江温泉という海から湧き出した温泉になります。特に夜にここに使って潮騒を聞くだけでリラックス効果と都会の喧騒を忘れるリフレッシュ効果バツグンでした。

ニューアワジ全体はとても広いので、例えばロビーから天空の雫まで歩くと5分程度はかかりますが、ここは必ず行くべきお風呂です。私達は夜、そして夜明けを狙って早朝と2回楽しみました。

特徴③:食事

管理人一行の夕食は部屋食で懐石料理、朝食は会場でのバイキング形式でした。以下は朝食会場の写真です。

実際にシェフにオムレツや目玉焼きなどの卵料理、パンケーキなどをその場で調理してもらえる形式となっており、この日は辻調理師専門学校という名札をつけた学生さんがカレーや牛丼を担当されているなど、朝からとても豪華で贅沢な体験ができました。飲み物も美味しいフレッシュジュースから地元の新鮮な牛乳、コーヒー紅茶など豊富でした。写真の通り、子供から大人まで楽しめるメニューがいっぱいです。

特徴④:豊富なアクティビティ

ホテルニューアワジが良かったと思うのは、ホテル内のエリアで可能なアクティビティが充実していることです。よくあるカラオケやバーラウンジ、ゲームコーナーだけではなく、ホテルの眼下に広がる桟橋での釣りなども楽しめます。

ホテルから直結の釣り場での釣りは絶対おすすめです。釣り竿と餌やバケツなどのセットを800円でレンタル出来るので手ぶらでOK。写真に移っているようにお風呂に入って浴衣のまま釣りも可能。

釣りはアジなどを狙うサビキ釣りというものでオキアミ(エビ)を使うので虫が苦手な方でも簡単に釣れます。ここでのポイントは釣った魚は新鮮なままホテルの夕食として唐揚げなどお好みの方法で食べられることです。

夏場であればシーサイドプールがオープンしており滑り台などもあり子ども連れにはピッタリです。特に15時を過ぎるとホテルの影になって日焼けの心配もなく、心地よい時間が過ごせます。

道の駅うずしお

淡路を四国方面に抜けると徳島県へとつながる鳴門大橋があります。なんと渦潮(うずしお)の名所です。そしてその名を冠した道の駅うずしおもご紹介したいスポットの1つです。道の駅としてもグルメやお土産の質、綺麗さなどレベルが高いですが、なんといってもここから見られる景観(海と橋と森のコントラスト)や渦潮(うずしお)が見れることが特徴です。うずしおから一番近いレストランも有名です。

駐車場付近からはすでにうずしおが見れます。木々の緑と濃い青の海のコントラストがとても鮮やかで癒やされました

駐車場の先にはいい感じに日陰のできた緑のトンネルがあります。

道の駅にはたくさんのかわいいお土産があるのですが、私達は”あめたま”というこちらの玉ねぎスープを購入。パッケージの可愛さで買ったのですが、飲んでみると(良い意味で)うっすら土のアジがするような、ガツンと玉ねぎ感のあるおいしいスープでした。

淡路島オニオンキッチンという道の駅の玄関先にあるハンバーガーショップは見逃せません。なんとここは全国ご当地ハンバーガーグランプリで1位(あわじ島オニオンビーフバーガー)と2位(あわじ島オニオングラタンバーガー)に輝いたハンバーガーを擁する、ハンバーガー好きにとって聖地ともいえるスポットです。

他にもいろんな種類のハンバーガーや玉ねぎソフトクリームなど面白い、そして美味しい食べ物がたくさんあります。

おれおちゃん

僕もみんなもホテルで豪華な朝食をたらふく食べたあとなので泣く泣く断念。次は絶対に食べると誓ったんだ。ガオ

OLEOL’s EYE

おれおちゃん

日本はここから始まった、といえるような神社だ。伊弉諾神宮を知ることは日本のはじまりに思いを巡らせることにもなるんだ。ガオ

ゆりこ

境内は白が基調になっていて、とても明るい感じのするところでした。

すけみ

ちなみに日本神話は天皇家だけの伝承ではなく、日本各地に伝承されていた神話を集めて、それを万世一系の枠にはめていったとの説もあります。国産み神話でさえも元々は淡路島のローカルなものだったのかも?いずれにせよ、この観点からも一宮、そして神社そのもの存在意義と矛盾するところはない。つまり正統性が唯一の価値観ではなく、地元で人に愛されていったことこそが今残っている理由であり、意義であるというもの。

おれおちゃん

そんな難しそうなことは置いておいて、昔は夫婦とも裸になって抱き合いながら伊弉諾神宮の御神木を回ったと聞いたんだ。なかなか大胆なことをやってたんだ。僕の場合は服なんか着ないのでいつでもMaxのご利益にあやかれそうだ。ガオ

おれおちゃん

僕はライオンだから頭髪は心配していないが、気になっている人はこの神社に参拝せよ…頭髪に感謝。ガオ

Reference

伊弉諾神宮公式サイト:https://izanagi-jingu.jp/

道の駅うずしお公式サイト:https://eki.uzunokuni.com/

ホテルニューアワジ:

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